この度、4月26,27日の二日間にわたって岐阜の地で第5回日本周産期精神保健研究会を無事開催することができました。この場をお借りしてご支援いただいた皆様方に御礼を申し上げます。
コロナ禍を乗り越え、久しぶりの対面での研究会を目指しましたので、まだ皆様と無事会えるのだろうか、という不安がありました。しかしいざ受付が始まりますと、とても熱心な情熱を持った方々が続々と会場に集まってくださいました。、そして、旧知の方々とも再会し、ワクワクする中で会がはじまりました。世界では終わりの見えない戦争で人の命が軽んじられている報道が飛び込んできます。そんななか、我々は周産期という一つの家族ができる瞬間の小さな戦場での戦いの中にいます。そして、家族がしっかりと支え合い育っていく長い時の流れを支えていく、その支援者側の絆をどのようにつくっていくのか、そんなテーマを掲げての研究会スタートでした。
最初は、長くは生きられない、または救命が必ずしも得られないかもしれない赤ちゃんとご家族をどのように支えるのか、というテーマから始まりました。周産期のアドバンスケアをチーム医療で、妊娠22週の橋を寄り添いながら超えていく、赤ちゃんに安易なレッテルをはらないという自分の話から始めさせていただきました。加部先生からはbest interestを考えすぎると思考停止となるので、その次のgood enoughの部分を重要視してはどうか、という新しい倫理的な考え方をご示唆いただきました。
窪田先生からいくつかご助言を賜り、そのなかから近畿周産期精神保健研究会の「親になるとは」企画を継続してみることにしました。川野さんからは、親になる三つの輪(生物学的、心情的、社会的)についての解説をいただきました。遺伝的親で祖父からの精子提供、発達障害をもつ親が、重度の医療的ケア児を在宅でうけいれたくてもできないジレンマ、若年妊娠との関わりにおいて、こころが震えるように厳しい意見をしたご経験を教えていただきました。その時も、チームのメンバーがその後のフォローアップをしてくださって今がある、というお話をフロアーで教えていただきました。
精神科の蔵満先生から、精神疾患の複合合併がリスクが高いことを情報提供として大切にすべき研究結果をご報告いただきました。精神科というハードルをいかに自然に協働の輪の中にいれていくのか、精神科医の立場からお話いただけたのはとても貴重でした。
事務局長の緒川のご推薦で、碧みきさんのミニコンサートを聴かせていただきました。地元の緑の映像のなかで、おおきくはない体からでる声量と詩に心が震えました。元々、早産児でうまれたみきさんが、多くの支援者に心から感謝しているという話を教えていただきました。その後、おじさん理事達数人で楽屋を表敬訪問し、さっそく熱烈なファンが増えていきました。我々も一瞬、日々戦闘モードである自分たち自身が立ち止まることができ、こころを亡くしがちな隙間に爽やかな癒しをいただきました。
特別講演では、副会長の松井の出身の熊本繋がりからこうのとりのゆりかご(慈恵病院、赤ちゃんポスト)の創設メンバーである田尻由貴子さんと、3歳で、開設の第一号で預けられた、宮津航一さんから、「家族とは」の非常におおきなメッセージを頂きました。多くの養子を育てられた宮津さんのお父さんが話された「家族とは最後まで味方でいることだ」という言葉。飾り気のないこの言葉ですが、とても好きになりました。この研究会のテーマに掲げた「家族」というもの、血は繋がっていなくても「親になるとは」という言葉。思わず皆さんも自分の私生活を重ね合わせたのではないでしょうか。会場では多くの方が感極まっておられました。田尻さんのご活動が本当に一つ一つ聞くものに癒しを与えてくださるのは、心から相手を愛しむ優しいこころがあるからなのでしょう。そして何より、そこで止まらない向上心と進む勇気をお持ちです。今でも新たに「感性論哲学 7つの愛」を学んでいるとのことでした。我々も日々、データやエビデンスのない究極の決断をたくさん行っています。心の持ちようが試される瞬間がとても多いのですが、そんなとき、ご家族みんなにとってどういう心で接するのが良いのか、自分も引き続き学んでいけたらと思えました。「認めて欲しい」「わかって欲しい」「ほめて欲しい」
「好きになって欲しい」「信じて欲しい」「許して欲しい」「待って欲しい」
ですね。周産期精神保健に関わるとても大切なkey words、近くにあるのに意識してこなかった、そんな言葉を教えていただきました。
有光先生からは患者家族会JOINの活動はこの精神保健研究会とはとても関連があることをおしえていただきました。周産期医療を受けた家族が伝えたい思い、につながることができてはじめて、家族形成のお手伝いができるという小児科としてのメッセージをいただいています。ここでも「言葉」の重要性がポイントとなっていました。
永田先生は心理士の視点として「周産期は“生”と“死”が近接した時期であり、“いのち”が生まれ出ると同時に家族が生まれ直す時期でもある」と表現されています。そして、チャイルドライフスペシャリストの佐々木さんからは、子供ホスピスの海外の事例を教えていただきました。「家族が揺れるモビール」は印象的でした。お子さんの入院は、家族のメンバー全員に動揺が走るということです。母と兄が診療中、自宅で待っている弟さんは「ゴミ箱に捨てられる夢を見た」といいます。今回、家族というテーマに大きなメッセージをいただくことができました。ぜひ、新しい試みの成功を応援したいと思います。
震災という家族の危機は、周産期の家族にとっての危機の集合体です。側島会長からご助言をいただき企画を進めました。福田病院の河上院長は産婦人科医として急性期の話をおきかせくださいました。同病院の心理の検討もメッセージ、ポスターとしてご披露いただきました。東北大震災からは、氏家先生にもご助言いただき、岩手医大の精神科の大塚耕太郎先生からビデオレターをいただきました。その後の地域活動についてご報告いただきました。14年前の東北大震災、9年前の熊本大震災のその後、現場がどのように考えているか、どう活動しているのかその一端を教えていただきました。直接の言葉にはならない部分ですが、起こってしまった事に対して、声を大にせず着実にできることをしながら「生きる」という部分。ダメージは簡単には回復しないけれどもでも着実に生きていく、という思いが伝わってきました。皆様はどのようにお感じになられたでしょうか。
服部先生からの、多胎支援のお話の中で虐待死のレビューをしていただきました。文字ではわかっていても実際にはうまく動けなかった地域のお話しは、とても熱いメッセージとして伝わってきました。多胎ネットでは品胎の事例に実際に深く関わる多方面での実例が提示されました。周囲の医師はじめ関係者は盛んにメモをとっておられました。「具体的な支援」に関して、そうなんだ、みな実例がなかなかないんだ、と気付かされました。いうは易し、ですね。連携、というだけではなく実際にどんな取り組みができるのか、糸魚川さんのお話はとても参考になったことでしょう。
愛着に関して、金子先生による心理学の科学的なアプローチを教えていただきました。一方であまえが大事という北島先生のメッセージは、正反対なnarrativeではありますが、そのお話にでてくるkey wordsの「母親役割」、「自己肯定感を高める」ことで愛着に影響することを再確認しました。北島先生はポスターセッションで、溢れ出る思いをフリートークでお話され始めました。大先輩に向かってでしたが、ランチの時間でしたので遮ってしまい大変失礼いたしました。(お許しください!)そのポスターセッションでは、母乳育児の自己肯定感、スコアだけではないテキストマイニングという新しい言語ツール、ASD,長早産児の発達との関わり、児童養護施設の性と生にフォーカス、NBOを用いた親子支援などが議論されました。実は長時間掲示されていたので、皆様の目によく焼き付いているのではないか、と思っています。
ワールドカフェでは、家族支援、今できる支援、10年後の支援という3テーマをdiscussionしました。事前にアンケートで挙がってきたキーワード,たとえば、愛、金、絆、協力、ジレンマなどなどが各ファシリテーターに与えられて、それらを軸に話し合いました。なかなか質問が出ず、みな明確な答えがない感じで時間切れとなっていきました。しかし、この進まなさが、じつはわれわれ事務局が目指した、長期の時間軸に対する等身大の今の思考そのもの、なのではないかと思っています。10年後の家族をおもって支援すること、など皆あまり考えていないでしょう。そんな、重い扉を、もしかして扉が重いことも初めて知る形なのかもしれませんが、一瞬でも動かそうとご参加いただいた皆さまの議論はとても貴重であったことと思います。そして、ぎふのココペリのモットーであります、「明日から生かせる支援」として、この日熱く議論したジレンマも含めた葛藤、アイデア、大切なものをそれぞれのチームに持ち帰るとこから始める約束をしてカフェを終えました。
最後のセッションは岐阜の病院、地域のそれぞれの長年の関わりの経験を話していただき、家族の長い糸を紡いでいただいた形となりました。
松井からは、産科医が産後も長期フォローするプレコンセプション外来のあたらしいチャレンジのご紹介、緒川からは、全ての時期に関わった心理の立場から、ある家族のその後の物語を報告してもらいました。また、岐阜の母子生活支援施設の視点で藤野さんから10代の母、愛着評価などもお話いただきました。また岐阜のこども相談センターの新堂さんからは病院から退院したおこさんたちが“それぞれの居場所”で成長し、“元気”に成長している、ということをご報告いただきました。我々の目指す「薄くてもしなやかで強い連携」を具現化した岐阜という地域のとりくみをご報告して幕を閉じました。岐阜は色々と連携しているんだな、とおおくの方が感じられたかもしれません。しかし現場の実際は、みなそれぞれが頑張っていますが、なかなか全体の連携を感じることはなく、むしろこのような発表の機会が我々自身の立ち位置、連携の実際を再認識させてくれたと思って感謝しているところでもあります。
二日間でしたが、参加された皆様は 数々の言葉をお土産に帰られたことでしょう。そしてご自分のチームと今回の学びを共有されているのではないか、と思うと我々もとても嬉しく思います。
最後に、忙しくも心を“亡くさない”で、志高く準備をしてくれた仲間に感謝してこの稿を終えたいと思います。
新緑が鮮やかになってきた季節に 高橋雄一郎
第5回日本周産期精神保健研究会
会長 高橋 雄一郎
岐阜県総合医療センター 産科·胎児診療科
第5回日本周産期精神保健研究会 開催にむけて
今世界では、終わりの見えない大きな戦争が続き、死亡者の数が連日報道されます。命の尊さが損なわれているように感じます。一方、我々周産期医療の戦場では小さな命をいかに救うか、日々奮闘しています。
先日、岐阜の保健所の連携会議でショッキングな報告がされました。周産期の少し先の教育現場ではこどもの数は10年間で数万人減少したにもかかわらず、要特別支援、自閉などのこどもの数がかなり増えているというものでした。それだけご家族にとって子育て環境が厳しくなっています。社会も問題は山積みです。貧困、精神疾患、子育てのむずかしい家庭環境の世代間連鎖の問題は、養育困難な多くの妊婦さんを生んでいます。
そんな中、我々は家族のできる周産期、出産の瞬間を大事にしています。それは救命のみならず、幸せな家族形成に少しでも役に立ちたいと願っているからです。ひとりでも虐待をうけるお子さんを減らすにはどうしたらよいのか、それが周産期から始まる医療におけるとても重要な目標の一つとなっています。また同時に、生命は完全なものではないことも知っています。生きていくのに必ずしも平均的でない個性を持って生まれてきたり、生きてこの世にたどり着けない児もまた多く存在します。そんな生命誕生の現場をいかに温かい心でささえていくのか、そういう気持ちを共有できる仲間を増やし、道標を学ぶとても大切な場がこの周産期精神保健研究会です。将来、日本をささえていくであろう生命を守り育むため、我々は日々このようなご家族の出産、そして家族形成の過程、その後をどのように支えていけば良いのか、学びたいと考えています。
本研究会は2013年の第1回(大阪)「親子の物語が始まるとき、私たちにできることは?」に始まり第2回(埼玉)「親子の物語が続くとき、私たちにできることは?-周産期から在宅医療までのかかわりー」,第3回(名古屋)「病院と地域で家族の心を支える―私たちにできることは?」、第4回(東京)「子(個)をはぐくむ多様な家族への支援」というテーマで開催されました。
今回岐阜では「家族みんなのその後の物語 ~周産期、それから、を学ぶ~」をテーマとしました。いわゆる長期予後ではないのですが、長い経過から当時を振り返ることで新たに学べることがあると考えます。そして家族全員への支援のありかたを学びたいとかんがえております。コロナ禍がすぎ、ぎふのこころの研究会も復活いたします。毎回行っているワールドカフェも再開できたらと思います。そして明日から実践できる学びを得られるように、参加される皆様方が主役の研究会を企画いたします。
皆様がたのご参加を心よりお待ち申し上げております。
2024年2月吉日